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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)148号 判決 1985年4月05日

原告 西原勲

被告 国

代理人 長野益三 若井幸雄 速水彰 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一〇〇万円を支払え。

2  訴訟資用は、被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二主張

一  原告の請求原因

1  原告は、大阪刑務所在監中の者であるが、昭和五八年九月二八日、始業時から実働一時間の作業をさせられたにもかかわらず、当日朝の原告に対する糧配食は不就労者並みの五等食であり、原告が直ちに申し出たのに、なんらの是正措置もとられなかつた。

すなわち、当時、原告は、軽屏禁の懲罰の執行をうけていたが、昭和五八年九月二七日の午前八時過ぎ、大阪地方裁判所第二〇民事部に出頭のため一日間懲罰の執行を停止する旨の言渡があり、その執行停止が継続している翌二八日、原告は刑務所当局の命じた作業を実施し。当日午前九時ごろ、荻沢至係長が懲罰執行再開を言渡し、工藤文男看守が作業用具等を搬出するまで、約一時間にわたつて作業をつづけた。

刑務所当局がこのように少しでも作業をさせた場合には、作業の種類に応じた糧食を支給しなければならず、当日原告のした作業(ビンチ作業)については四等食を支給するよう定められているのに、刑務所当局そのことを熟知しながら原告に五等食しか支給しないという違法な取扱いをしたものであり、これにより原告は精神的損害をうけた。

2  原告が被告を相手方として提起していた大阪地方裁判所昭和五七年(ワ)第八三〇六号事件(第七民事部係属)の口頭弁論期日において、その判決言渡期日が昭和五八年八月(編注、九月の誤りか)二八日と指定告知されたので、原告が右言渡約七日前に大阪刑務所長に対し、右言渡期に出頭したい旨出願したところ、同刑務所長は、これを不許可とし、同刑務所第二区甲部夜勤看守部長川崎祐治をして原告にその旨告知させた。

刑務所長の右出頭不許可により、原告は、裁判所法廷において判決言渡を直接聴き、判決書を受領し、これによつて裁判を迅速に知る権利を妨害され、かつ判決書送達費用の負担を余儀なくされるという損害をうけた。

刑務所当局は、右監者の送達費用の負担、裁判を迅速に知る権利を考慮して、判決言渡期日に出頭することを許可すべきであり、これをしなかつたことは、明らかな不法行為である。

3  原告は、昭和五八年一二月五日付で、大阪刑務所教育課長あてに、刑訴法二六二条による付審判請求の請求書送付のため、六〇円切手一枚を貸与するよう、在監者出願用紙に記載して提出した。右貸与願に、原告は、「大刑二区荻沢至第三係長、古賀久義看守部長、工藤文男看守ら公務員職権濫用被疑事件(原告告訴)に対し、昭和五八年一二月二日付及び同月五日付の二回にかけて大阪地検から処分通知を受けたが、現在資力ゼロにつき、右処分通知に不服であるが刑訴法二六二条による付審判請求書の送付ができない。よつて、昭和五八年一一月分の作業賞与金が昭和五八年一二月一五日に発表告知されるから、その時特別請求を申込み、賞与金で即お支払いしますから、右事情ご考慮のうえ、六〇円切手一枚至急貸与下さい。なお、刑訴法二六二条による付審判請求は処分通知の日から七日以内の到達主義で、相手先に届けてしなければ無効となるものにつき期間が切迫しているから、よろしくお願いします。」と、切手を至急必要とする理由を詳しく記載し、出願した。ところが、教育課長は、翌一二月六日午後一時ごろ、工藤文男看守を通じて、切手はないから貸与しない、と告知した。しかも、右六日朝、荻沢至係長は、工藤文男看守を通じて、いつたん原告に右貸与願をつき返し、「切手は一二月一五日に特別購入を申込みますから、教育課で強制的に差し引いて下さい。」と書き加えるよう指示強制し、原告をして指示どおりに加筆までさせておきながら、同日午後一時、右のように切手を貸与しない旨告知したのである。

監獄法施行規則一三四条一項には、左監者の通信費負担の条項があり、刑務所長は右監者のため便宜を取計らうよう定めているのに、刑務所職員が原告の切手貸与願を不許可にしたのは、原告の人権を無視した不法行為である。刑務所当局は、右規則の精神を尊重し、原告の場合のような申出があれば、当然切手を用立てるべきであり、まして、原告において、切手を支給せよとはいわず、返納方法も確実に記載した貸与願書を提出して貸与を申し出ただけであるのに、原告に対し、切手代を賞与金から強制的に差し引いてくれるよう記載せよと不当に指示強制し、その直後に、切手はないから貸与しないと告知しているのである。これは、荻沢、古賀、工藤ら前記の被疑者である刑務所職員が、原告の付審判請求を妨害するために企てた不法行為であることが明白であり、原告は、右不法行為により精神的に損害をうけ、少なくとも右昭和五八年一二月六日に迅速送付を要する付審判請求書を送付する権利を妨害されるという損害をうけた。

4  昭和五八年一一月分の原告の作業日課表につき、原告は同年一二月一五日に刑務所当局からその結果の告知をうけたが、原告の記録によれば原告の作業の実働時間は計一六二時間であるのに、右日課表には一六一時間と一時間少なく計上されていた。原告が即時工藤文男看守に右事実を申し出たが、工藤はなんらの処置もとらず、右誤つた日課表に指印を押すよう原告に指示強制した。その後、原告が強硬に不服を申し立てたところ、工藤は、「お前(原告)は、一一月二日に作業課長に面接に行つているから、一時間少ないんや。」と言い張つた。しかし、原告の右作業課長面接は五分足らずですませて作業に就いており、当日、鳥越幸次郎看守が、右所用時間は一五分未満であるため、実働時間から控除しない旨告知していたものである。原告がこのことを工藤に告げると、工藤は、ようやく鳥越に連絡をとり、その結果、右一二月一五日夕点検直前に、鳥越が、原告に、原告の実働時間は原告の記録どおり計一六二時間である旨告知した。

右のように原告の担当看守の工藤は、原告の実働時間を正しく把握せず、不正に日課表を管理し、しかも原告に誤りを指摘されながら、原告をして誤つた日課表に指印を押捺するよう強制し、原告に苦痛を与えたものである。

5  大阪刑務所職員が原告に対してした右1ないし4の行為は、被告の職務を行うについてした不法行為であり、原告はこれによつて多大の財産的精神的損害をうけたから、被告は、原告に対し、損害賠償しなければならない。その額は、一〇〇万円とするのが相当である。

6  よつて、原告は、被告に対し、損害賠償として一〇〇万円の支払を求める。

二  被告の答弁及び主張

1  請求原因1のうち、昭和五八年九月二八日に原告に対して懲罰再開を言渡した時刻が午前九時ごろであることは否認し(午前八時二五分ごろである。)、原告が精神的損害をうけたことは争い、その余の事実は認める。なお、原告の右二八日の朝食は、原告が作業を始める前に給与ずみである。

原告は、昭和五八年八月三一日から大阪刑務所第二区第一舎(独居)一階五三房で、軽屏禁六〇日(文書区画閲読禁止併科)の懲罰の執行をうけていたが、同年九月二七日午前一〇時に大阪地方裁判所で行われる民事訴訟事件(昭和五八年(ワ)第四五九七号損害賠償請求事件)の口頭弁論期日出頭のため、右刑務所長により、右出頭当日(二七日)のみ右懲罰の執行を停止され、出頭を許可された。そして、右刑務所管理部保安課第二区第三処遇係長荻沢至副看守長が、右二七日午前八時五分ごろ、原告に対し、裁判所出廷のため本日一日間懲罰の執行を停止する旨言渡し、原告を大阪地方裁判所に出頭させたのであるが、その執行停止は、右二七日午後一二時の経過をもつて終了し、同時に(すなわち翌二八日午前零時に)懲罰の執行が再開される。荻沢副看守長は、二八日午前八時二五分に原告に対し、本日から懲罰執行を再開する旨言渡したが、右言渡前の午前零時からすでに執行が再開されているのであり、懲罰執行中は原告に対して作業に就くことを許可しておらず、したがつて、二八日の朝食(午前七時に給与)を不就業者に給与すべきものと定められている五等食としたことは、なんら誤りではない。

なお、右二八日、原告に朝食が給与されたのちの午前七時三〇分ごろ、第二区第一舎一階担当の工藤文男看守が、原告の居房に作業材料(洗濯ばさみ組立用物品)等を搬入した(原告は懲罰執行中であるため、作業材料搬入の必要がなかつたが、工藤看守が失念していた。)ところ、同七時三二分ごろ、原告から、今朝の朝食は五等食が入つた旨の申出があつたので、同看守は、懲罰執行を停止した昨二七日に四等食であるが、二八日は懲罰執行を再開するので、朝食から五等食である旨を説明した。その後、同七時四〇分ごろから原告は作業を開始したが、同八時二五分に至り荻沢副看守長が原告は作業できないことに気づき、工藤看守に作業材料を引揚げさせた。その間、約四五分にわたり原告は作業したが、大阪刑務所においては、保安課長・用度課長指示(昭和四九年一二月二三日指示第六三号)により、「一日のうち短時間他の食等該当の作業に就業させた場合は、本人の主たる作業種目に基づく食等を給与すべきこと」としており、右四五分という作業時間は平日における一日の作業時間である八時間のうちのごとく短時間であつたため、右指示に基づき、食等を五等食から四等食に変更する事後措置を認めなかつたものである。

また、原告が就業した四五分間は、軽屏禁の懲罰が解除されたのと同じ処遇をされたことになり、かつ右作業については原告に一時間相当の作業賞与金も与えられているのであるから、原告は、右作業によりなんらの不利益をもうけていないのである。

2  同2のうち、原告主張の訴訟事件の判決言渡期日が原告主張のとおり指定告知されたこと、原告が右期日に出頭したい旨出願したが(ただし、願箋に「判決言渡期日」に出廷したいと記載していたわけではない。)、大阪刑務所長が不許可とし、川崎祐治看守部長がその告知をしたことは認め、その余の事実は争う。

原告からは、右刑務所長に対し、昭和五八年九月一九日、原告主張の事件の「昭和五八年九月二八日午前一〇時……第七回公判が開廷される旨、期日の指定を受けているので出廷します。」と記載した願箋による出願があつた。右刑務所で検討した結果、原告は、同年七月一三日の第六回口頭弁論期日に弁論終結と同年九月二八日午前一〇時に判決を言渡すことを告知されており、原告は右九月二八日の期日が判決言渡期日であることを知悉していること、判決言渡は当事者が在廷しなくてもすることができ、かつ判決正本が原告に送達されることから、原告の出廷の必要はないと判断し、九月二一日、川崎看守部長を通じて不許可の告知をした。なお、右事件の判決正本は、九月三〇日に原告に送達された。

ところで、在監者の出廷の許否については、監獄の長の裁量に委ねられている。そこで、大阪刑務所長は、次の具体的事由により、原告の右判決言渡期日の出廷を認めなかつた。

(1) 原告の願い出た出廷期日は、判決言渡期日であつた。同期日において当事者は訴訟行為をするわけでなく、当事者が在廷しなくても判決言渡をすることができる。

(2) 判決内容に不服のある当事者が控訴する場合の控訴期間は、判決正本の送達の日の翌日から起算されるので、判決言渡期日に当事者が出頭しなくても、当事者に不利益の生ずるおそれがない。

(3) かりに原告を出廷させるとすれば、その護送のため、最低限護送職員二名、運転手一名及び護送車を要し、行刑目的達成のため必要不可欠な他の受刑者の管理運営に支障をきたすおそれがある。

右所長は、以上のような受刑者に対する行刑目的と、原告が出廷できないことの不利益を比較考量したうえで、出廷不許可の決定をしたものであり、これは、刑務所長としての裁量権の範囲をなんら濫用、逸脱したものではない。

なお、原告の、一刻も早く判決の結果を知りたいとの期待を否定しえないとしても、原告は言渡の二日後に判決正本を受領しているのであり、とくに原告が判決を知ることが遅れたとはいえず、これにより原告に法律上の不利益は生じていない。

また、原告は判決送達費用の負担を余儀なくされたというが、民事訴訟における訴訟費用は当事者の負担とされ、かつ原則として敗訴当事者が負担するものとされており、判決正本送達費用もこの中に含まれているものであり、そして、刑務所に拘禁されていない者が、判決言渡期日に出頭して判決正本を受領するとすれば、通常、裁判所に赴く交通費及びこれに要する時間(日当として金銭に換算される。)を必要とし、この費用と送達費用とは表裏の関係にあり、敗訴当事者はそのいずれかの負担を免れ得ないものであり、在監者についてもこの点について特別の取扱いをすべき理由を見出し得ないから、原告が判決言渡期日に出頭できないため判決費用の負担を余儀なくされることがあるとしても、それは訴訟当事者として通常受忍すべき範囲内のものであり、これを大阪刑務所長の違法行為による損害とすることはできない。

(なお、右事件につき、原告は、訴訟救助を付与され、判決正本送達費用は裁判所が立替えており、原告において出損していない。そして、右事件は、原告が上告中であり、訴訟救助取消もなく、裁判所から取立決定もされていない。したがつて、現時点では、有送達費用のつき、原告に損害は生じていない。)

3  同3のうち、原告から教育課長あてに原告主張の切手の貸与願が提出されたこと、原告に対し、昭和五八年一二月六日午後一時ごろ(正確には午後一時一五分ごろ)、工藤文男看守を通じて、切手貸与の不許可が告知されたことは認め、その余の事実は争う。

原告は、昭和五八年一二月五日午後五時五〇分ごろ、同日付教育課長あて郵券貸与願を大阪刑務所第二区担当に提出した。翌六日、右貸与願は荻沢至副看守長に回付され、同人がその記載内容を確認したところ、郵券の返済方法の記載が不明確である(当該部分の記載は「支払いは一一月分作業賞与金計算高発表の後、特別購求により為します。」というものである。)ため、原告の処遇担当の工藤文男看守を通じて原告に郵券返済方法を記載するよう指導したところ、原告は、「購求切手につき、そちらで右差引きご査収下さい。」と書き加えて提出したので、右貸与願は阿部歓恵第二区長に回付された。同区長は、右出願につき、教育課に貸与郵券の有無を確認したが、予算措置がまつたくないうえ、貸与制度もなく、加えて私的郵券の在庫もないことから、同六日午後一時一五分ごろ、工藤文男看守を通じて原告に、教育課に出願にかかる郵券はないので貸与できない旨告知した。しかし、同区長は、付審判請求に申立期間が法定されていることを勘案して、教育部厚生課に対し、同課で保管している大阪刑務所篤志面接委員協議会の運営寄金から一時立替えのうえ郵券を購入するよう依頼し、郵券購入をうけたうえ、同日午後四時四〇分ごろ原告に六〇円切手一枚を貸与した。原告は、同日午後六時四五分ごろ、付審判請求書を、右六〇円切手を貼布した封筒に入れ、大阪地方検察庁あてに発送するよう出願したので、大阪刑務所においてこれを受付け、付審判請求期間内である同月八日に午前一〇時大阪地方検察庁に発送した。

ところで、原告主張の監獄法施行規則一三四条は、前段で「在監者の発送する信書の郵便料金は自弁とす」と定め、自弁を原則としている。この後段は、「裁判所その他公務所に対して返信を要する場合及び処遇上その他必要ありと認むる場合において郵便料金を自弁することは能はざるときは監獄において支弁すべし」と定めているが、右規定の「処遇上その他必要ありと認むる場合」としては、例えば、上訴申立書(刑訴法三六六条一項)。上訴権回復の請求書(同法三六七条)、再審の請求書(同法四四四条)など、監獄の長またはその代理者に差出されたことにより、裁判所で受理されたのと同様の効果の生ずる訴訟書類が収容者から差出れた場合を指し、その場合の監獄から裁判所への書類送付に必要な郵券を監獄で負担することとされているのである。原告の付審判請求書は、返信でなく発信文書であり、かつ原告が任意に行う請求についてのものであるから、処遇上とくに必要があるとは認められず、したがつて、原則どおり自費で郵券を支弁すべきである。

要するに、阿部第二区長のとった措置になんらの違法もなく、かえつて、原告は、国の予算上からの支弁ではないものの、別途必要な郵券の貸与をうけて、法定期間内に付審判請求をしているのであるから、原告には、なんらの損害も生じていないのである。

4  同4のうち、原告主張の作業日課表につき、原告主張のとおり実働時間が一時間少なく記載されていたこと、原告から工藤文男看守に右の点につき不服申出がされたこと、同看守から連絡をうけた鳥越幸次郎主任看守が原告主張のころ原告に実働時間を原告申出どおり訂正する旨告知したことは認め、その余の事実は争う。

昭和五八年二月一五日午後二時一五分ごろ、工藤文男看守は、第二区第一舎一階一七房に独居拘禁中の原告に対し、監獄法施行規則七四条により原告の同年一一月分日課表に基づき、原告の同月分作業賞与金計算高を二一九八円と告知し、同日課表右下端部指印欄に原告の指印を徴したが、原告は、不服を申し出ることもなく指印を押捺した。その後二〇分位経過してから、原告が右看守に就業時間が約一時間不足している旨申し出たので、同看守は、同区独居中央担当鳥越幸次郎主任看守に連絡し、鳥越主任看守が日課表を調査した結果、原告が同年一一月二日午後二時五分ごろ、作業課長に面接のため一二分間作業を中断したことがあり、これを「分引き三〇分」として処理して就業時間を集計したため、その合計が一六一時間となつたものであるが、一五分未満の作業中断は「分引き」の必要がないとされているので、右三〇分の分引きは訂正すべきことに気付き、就業時間の合計を一六二時間(実計算は一六一・五時間であるが、三〇分以上の端数は一時間に繰り上げる取扱いである。)に訂正し、右一二月一五日午後四時三五分ごろ、就業時間の訂正を告知した。そして、別途、鳥越主任看守は、同日午後二時四〇分ごろ、作業課第一経営係長工藤秋義副看守長に日課表の就業時間の過誤を連絡し。同副看守長において右一時間の誤差を確認し、作業賞与金計算をし直し、同月一七日午前一一時四〇分ごろ、原告に、「就業時間一六二時間、作業賞与金計算高二二一一円」と再告知した。

以上のとおりであり、工藤文男看守が原告に日課表への指印を強制したことはなく、また、日課表の作成につき鳥越主任看守(日課表の作成は鳥越主任看守の職務行為であつて、工藤文男看守の職務行為でない。)に不正はない。そして、就業時間についても、作業賞与金高についても、是正措置が構じられており、原告に損害は生じていない。

5  同5の主張は争う。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1の事実は、昭和五八年九月二八日に原告に対して懲罰再開を言渡した時刻、及び原告が精神的損害をうけた事実を除いて、当事者間に争いがない。ただし、右二八日の原告に対する朝食給与と原告の作業開始との前後関係は、以下に証拠に基づいて認定する。

右争いのない事実と、その方式、趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるので真正な公文書と推定される<証拠略>によると、次のとおり認められる。

昭和五八年九月二七日、原告主張の訴訟事件の口頭弁論期日に原告が出頭するため、当時原告に対して科せられていた軽屏禁罰(文書図画閲読禁止併科)の執行が右二七日の一日間に限り停止された。右執行停止の言渡は二七日午前八時五分ごろにされたが、執行停止は当日における裁判所出頭のためにされるものであるから、言渡時刻に関係なく、二七日午後一二時を経過すると、自動的に懲罰執行が再開される。もつとも、執行再開日途中において(原告の場合、二八日午前八時二五分ごろ)、本日から懲罰執行を再開する旨が言渡されるが、これは念のためにしているものにすぎない。

ところで、大阪刑務所においては、受刑者のする作業種目に応じて、給与される食料の食等が定められており、原告主張のピンチ作業(洗濯ばさみ組立作業)等の軽労作に従事する二〇歳以上の男性(原告は当時四三歳)については四等食が、また不就労の前同様の者については五等食が給与される(収容者食料給与規程・昭和二四年六月一五日矯保甲四七号法務総裁訓令による。)。昭和五八年九月二八日の朝食は午前七時ごろ給与されたが、原告に対しては、当日原告につき右懲罰の執行が再開されており、右懲罰執行中の受刑者は作業に就くことができない定めであるため、不就労者について給与される五等食が給与された。

ところが、当日の右朝食終了後に、担当の工藤文男看守が原告を作業に就かせられないのを失念して、前記作業材料、器具を原告の居房に搬入し、原告は、午前七時四〇分ごろから作業を開始した。刑務所当局はまもなく右誤りに気づき、右懲罰再開の言渡をした午前八時二五分ごろ、原告に作業を中止させ、右材料、器具を搬出したが、原告はそれまでの約四五分間にわたり作業をつづけた。そして原告からは、右作業をした原告に対する食料は四等食であるべきである旨の申出があつた。

ところで、大阪刑務所では、一日の作業時間(原則として八時間)の途中で、受刑者の従事する作業種目が変わつたり、就労を中止した場合における食料の給与基準を定めており(大阪刑務所保安課長・用度課長発昭和四九年一二月二三日指示第六三号)、これによれば、当日の作業指定による本人の主たる作業種目に基づく食等を給与すべきものとされている。もつとも、同刑務所においては、右基準を受刑者に多少有利に解しており、たとえば受刑者が一日に二種の作業をし、そのうち上級食等に該当する作業に従事した時間が当日の全実働時間(八時間)の半分に近ければ、上級食等を給与する取扱いをしているが、原告の場合のように八時間中の四五分程度作業に従事したというのでは受刑者に有利な運用をすることはできないと解し、原告に対し朝食として五等食を給与したことにつき是正措置を構じなかつた。

以上のとおり認められ、原告本人尋問の結果中右認定と抵触する部分は措信しがたい。

以上のとおりであつて、大阪刑務所が昭和五八年九月二八日に原告に対して朝食として五等食を給与したことに違法はなく、その後是正措置を構じなかつたことも、不就労の時間が作業すべき時間(八時間)の九割以上を占めていること、原告のした作業が前記のような軽労作であることを考慮すれば、相当性を欠くとまではいえない。

また、原告が約四五分間の作業をしたことに対しては、右証人の証言によつて、賞与金算定の基準によつて換算した作業一時間分に相当する作業賞与金が原告に支給されていることが認められ、原告に作業をさせたこと自体について刑務所当局が相当の処置を構じたものといえるところ、これ以外に原告が右作業に従事させられたことによつて財産上、精神上の損害をうけたことは、これを認めうる証拠がない。

したがつて、請求原因1についての原告の主張は失当である。

二  請求原因2のうち、原告主張の訴訟事件の判決言渡期日が原告主張のとおり指定告知されたこと、原告が右期日に出頭したい旨大阪刑務所長に出願したこと(ただし、右出願を記した願箋の記載内容が原告主張どおりであることは除く。)、大阪刑務所長が右出願にかかる出頭を不許可とし、川崎祐治看守部長が原告にその告知をしたことは、当事者間に争いがない。そして、原告が、右出頭を不許可とされたため、右事件の判決言渡期日に裁判所に出頭することができず、言渡と同時に裁判所で判決正本の送達をうけることができなかつたことは<証拠略>によつて明らかである。

ところで、民事訴訟事件の当事者が受刑者であつて、訴訟代理人によらずに自ら訴訟を追行している場合においても、その受刑者が当該事件の口頭弁論期日に出頭して訴訟行為を行うことをのぞんでいるときは、その希望をできる限りかなえることがのぞましいことは、いうまでもない。ただ、受刑者は、社会から隔離されて刑罰の執行をうけるという国家目的の実現のため、一般人に比較してもともと大幅に権利自由の制約をうけているものであり、民事訴訟事件の当事者として自ら訴訟を追行する権利があるといつても、右行刑上の目的との対比においてその権利が制約をうけることは、それが相当の範囲を超えるものでない限り、許容されるものである。前記争いのない事実及び<証拠略>によると、大阪刑務所長は、原告が願箋により出頭したいと願い出た前記事件の口頭弁論期日は、判決言渡期日であることを確認したうえ、同刑務所においては一律に民事訴訟事件の判決言渡期日には受刑者の出頭を許可しない取扱いとしており、原告の場合についてもとくに出頭させる必要はないと解して、右出願を不許可としたことが認められる。そして、被告主張のように、民事訴訟事件の判決言渡期日においては、当事者は訴訟行為をするわけでなく、当事者の在廷いかんにかかわらず判決言渡がされるものであり、かつ判決に不服がある当事者の控訴期間はその当事者に判決正本が送達された日の翌日から起算されるから、出廷しない当事者になんらの不利益もなく、また、原告はその本人尋問の結果中で、右訴訟事件審理中の裁判所の処置及び口頭弁論終結に不満があり、判決言渡期日に不服を申し出るつもりであつた旨を供述するのであるが、かりに判決の結論に影響を及ぼすような訴訟手続違背があつたというのであれば、控訴によつて不服を申し立てるべきものであり、いずれにせよ原告が右訴訟事件の判決言渡期日に出頭できなかつたことによつて、原告の右訴訟事件の訴訟追行権に不利益をうけることはないことが明らかであるから、大阪刑務所長が、行刑目的に照らして、原告の出願を不許可としたこと自体は、なんら相当性の範囲を逸脱したものではないというべきである。

もつとも、原告が判決言渡期日に出頭して即日裁判所において判決正本の送達をうけられず、かつ判決正本送達費用を負担しなければならない、という事情をなお考慮する要がある。しかし、送達が遅れるといつても、せいぜい数日のことであり(弁論の全趣旨により、右訴訟事件については、判決言渡の二日後に送達されたことが認められる。)、前記のとおり控訴について原告が不利益をうけることもないのであるから、前記行刑目的とも比較考量し、この程度のことは原告において受忍すべきものというべきである。また、判決正本送達費用の点については、当事者が裁判所に出頭せずに判決正本の送達をうけた場合にその送達費用が訴訟費用として敗訴当事者の負担とされる一方において、当事者が判決言渡期日に出頭して判決正本の送達をうけた場合にその出頭のための費用が訴訟費用となつて敗訴当事者の費用とされることがあることも当然考慮すべきであり、とくに受刑者である原告のように出頭のためには付添(護送)を不可欠とする者についてはその付添に要する費用も本来は訴訟費用となるものと解すべきであり、これら出頭関係費用の方が判決正本送達費用より高額となることは、右証人の証言と弁論の全趣旨に照らして明らかなところであるから、原告が右訴訟事件に敗訴した場合に少なくとも判決正本送達費用に相当する額の訴訟費用を負担しなければならないことは、民事訴訟制度上当然受忍すべきことであり、これをもつて、原告が本来負担する必要のない負担を課せられ損害をこうむつたことにはならないことが明らかである。

結局、大阪刑務所長の原告に対する右判決言渡期日出頭不許可の措置に違法はなく、またこれにより原告が受忍限度を超えた損害をうけたこともないということができ、原告のこの点についての主張は失当である。

三  請求原因3のうち、原告から教育課長あてに原告主張の切手(郵券)の貸与願が提出されたこと、原告に対し、刑務所当局から、昭和五八年一二月六日午後一時ごろ、工藤文男看守を通じて郵券貸与不許可が告知されたことは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実と<証拠略>によると、次のとおり認められる。

昭和五八年一二月五日付で原告から原告主張の付審判請求書郵送用の郵券六〇円の貸与願が刑務所に提出されたが、これをみた荻澤副看守長は、前に原告の同様の出願に基づき教育部厚生課から原告に郵券を貸与したさい、すぐ返済するといいながら、容易に返済がされなかつたことから、工藤文男を通じて原告に右貸与願を記載した願箋に返済方法を明記するよう指示し、同年一二月一五日に告知される同年一一月分の作業賞与金から郵券代を控除される方法で返済する旨を加筆させた。ところが、刑務所当局は、右加筆させたのみ(前記のとおり同年一二月六日午後一時ごろ)、教育課長の名で、工藤看守を通じて、教育課には原告の出願したような場合に貸与すべき郵券はない、との理由でいつたん貸与を拒否した。しかし、その直後に、荻澤副看守長が、教育部厚生課に同課の管理している篤志面接委員協議会の運営寄金により郵券を購入することを依頼し、購入してもらつた六〇円の郵券一枚を原告に貸与した。原告はこれを利用して、法定の期間内に付審判請求書を大阪検察庁に提出することができた。

以上のとおり認められる。

大阪刑務所が、原告に、貸与される郵券の返済方法をわざわざ明記させたことは、郵券貸与の出願に簡単に応じてもらえるとの期待を原告に抱かせたものと推認され、それにもかかわらず、前認定の理由だけでいつたん貸与を拒んだことは、原告の期待を裏切るものであつたということができる。被告のいうように、郵券貸与の法令上の根拠も予算上の措置もないというのであれば、右のように返済方法を明確にさせる前に、郵券を貸与できない理由を明確に告げるのが親切であつたというべきであり、刑務所職員の原告に対する処置にやや妥当を欠く点があつたといえる。

しかし、右貸与拒絶が、原告の付審判請求を妨害するためにされたことは、<証拠略>にこれにそうところがあるものの、<証拠略>に照らして措信しがたく、他にこれを認めうる証拠はない。また、荻澤至副看守長の適切な裁量によつて、教育部厚生課から原告に郵券貸与がされ、法定期間内に付審判請求書が郵送され、結局、右付審判請求につき原告は損害をうけていないことが、右認定事実により明らかである。

したがつて、この点についての原告の主張も失当である。

なお、監獄法施行規則一三四条は、被告主張のように解すべきものであり、同規定を根拠に大阪刑務所長が原告に郵券を支弁ないし貸与しなかつたことの違法をいう原告の主張は理由がない。

四  請求原因4のうち、原告主張の作業日課表につき、原告主張のとおり実働時間(作業時間)が一時間少なく記載されていたこと、原告から工藤文男看守に右の点につき不服申出がされたこと、同看守から連絡をうけた鳥越幸次郎主任看守が原告主張のころ原告に実働時間を原告の申出どおり訂正する旨告知したことは、当事者間に争いがない。

<証拠略>に右争いのない事実を合わせると、次のとおり認められる。

昭和五八年一二月一五日に原告に告知された同年一一月分の原告の作業賞与金計算高について、その計算の基礎となる作業時間の計算及び日課表への記載の一部に被告主張のとおりのミス(一一月二日の原告の作業時間を八時間とすべきところを七・五時間とした。)があり、合計作業時間を一六二時間とすべきところを一六一時間と告知した。原告は、右誤つた記載の日課表にいつたん指印したが、約二〇分後に工藤文男看守に合計作業時間が一時間不足している旨の申出をし、同看守から原告の申出の取次をうけた右一一月分の日課表作成担当者である鳥越幸次郎主任看守が、点検のうえ、原告の申出が正しいことを確認して、右一二月一五日午後四時三五分ごろ、原告に対し、合計作業時間を一六二時間に訂正する旨告知した。そして、作業賞与金の額については、その計算を担当する作業課第一経営係長工藤秋義看守が計算をしなおしたうえ、一二月一七日午前一一時四〇分ごろ、改めて原告に対し、一一月分の合計作業時間は一六二時間であり、賞与金計算額を一五日に告知した二一九八円から二二一一円に訂正する旨告知し、原告はこれを了解して日課表の備考欄に指印した。

以上のとおり認められる。

ところで、原告は、右一二月一五日には、原告が日課表の記載の誤りに気づいて工藤文男看守にその旨を申し出ているのに、同看守に誤つたままの日課表に指印を強制されたと主張し、<証拠略>中にこれにそう部分があるが、<証拠略>に照らして措信しがたい。また、原告の作業時間及びこれを基礎にした作業賞与金計算高は、原告の申出に基づき、右のとおり正確に訂正されており、原告は、作業賞与金計算高自体については損害をうけていないことが明らかである。<証拠略>には、正確な作業賞与金計算高の再告知が一七日まで遅れたため、物品の特別購入申込みができなかつた旨をいう部分があるが、それによつて原告になんらかの損害が生じたことを認めうる証拠はなく、また<証拠略>によれば、原告は右再告知前の一五日に一般購入申込みを、また一六日に特別購入申込みをしていることが認められるから、再告知が一七日にされたことにより原告の物品購入申込みに支障を生じたこともないといえる。

その他、原告の主張にそう事実を認めうる証拠はなく、請求原因4に関する原告の主張も失当である。

五  そうすると、原告の請求は、すべて理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岨野悌介)

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